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yuan² は、中国語で "元" の発音(pinyin)です

日常のつぶやき + 会社での出来事 + 奥様観察日記

皆さん最近、コメント欄を承認制にするのが流行ってるようなので、私もコメント欄をゲスト可の承認制にしてみました \(^o^)/

「旧満州生まれ」と言う事

本日のエントリーですが、随分と昔に予約投稿してありました、1日1回更新維持用のネタです。ですので、最近のエントリー内容や話題は全くぶった切りでお送りいたします。このエントリーが行使されていると言う事は、業務多忙で非常に大変な日であったのだと思いますので、土日に更新される事は無いハズです。いや、無いと信じております。信じております。大切なことですので2度(ry

 


 

さて、いつもの様に予約投稿ですんでサクサクとまいります。

タイトルにあります「旧満州生まれ」に関してですが、ここで言う「旧満州」とは1932年(昭和7年)から1945年(昭和20年)まで存在しました満州国で生まれた者の事ですが、現在の日本において狭義では、満州国で生まれて日本へ引き揚げた日本籍の者を指す言葉です。当然、もともと満州国建国前から住んでいた満州族や漢族などの現中国籍の者も、この時代に生まれていれば当然旧満州生まれとも言えるのですが、今回は狭義での旧満州生まれのお話です。

 

実はうちの父は旧満州生まれでして、本当に生まれて間もなく、物心がつくとか言う問題以前の歳で日本に引き揚げております。ですので、旧満州生まれとか言われても本人も「はて?」と言う感じなんですが、それでも色々と世間様的にはありまして、出身の話になりますと、物心がついてから長く過ごしている群馬を上げる事が多いようです。まあ、出身と言う意味には生まれた場所だけでは無く、幼少期を長く過ごして、人格形成に大きな影響を与えた "田舎" も含まれますから、群馬でも間違いではありません。

うちの母は父より少し歳下ですが、まだ高校に進学する女子が全国でも7割も居なかった時代でしたが、当時では割りと高い学歴です。実はうちの父が仕事中、毎日高校に登下校する若かりし頃の母を見初め、猛烈なアタックを繰り返してゲットしたんだそうです。実の親のそう言う話を聞きますと、なんとも微妙な気分ですし、今の時代でしたら確実に "事案" になるところです。最悪、ストーカー規制法違反です(汗;

ただ、本人たちは良かったのですが問題になったのが父の出自「旧満州生まれ」だったそうです。私から見たら祖父母である、父の両親は共に日本生まれの日本人、そして父としても満州での記憶は無い生まれただけだったのですが、やはり中々そう言うのは難しい時代だったようです。

 

うちの母は少し天然な部分もありまして、当時もあまりそう言う事は考えてなかったようです。「難しい話は勝手にしてもらって」と、そんな他人事のような感じだったようでして、ある時私の祖母(父の母)がうちの母に「ごめんね。私があの子を満州でなんか産んだばかりに、変な問題になっちゃってねえ。日本に戻ってきて産めば良かったんだけどねえ」と話したところ・・・

「どうせ無くなっちゃった国で生まれたんですから、アトランティスで生まれたみたいなもんじゃないですか。今はもう無い国の事を言っても仕方ないのに、ねえ」と笑ったんだそうです。なんとも能天気な、うちの母ですww ちなみにアトランティスは大陸の名前でして、国として存在したのか、単一国家だったのかとかは不明ですし、そもそもそんな大陸すらあったのかどうかw

 

まあ、紆余曲折がありながらも母が高校卒業と同時に結婚しまして、その取引材料であったのかどうかは分かりませんが、高校卒業し主婦になったと同時に短大に進学します。まだ、大学短大合わせても女子の進学率が15%も無かった時代、短大だけでも10%も無かった時代ですので、なかなかな学歴です。

当時、祖父が会社をやっておりまして、そこそこ余裕があったと言う理由もあるのでしょうが、それにしても父の出自問題はどこに行ったのかが気になって仕方ありません。これではまるで、母を買ったかのような感じですwww その後、私から見たら叔父叔母に当たる、父の弟や妹なんかの結婚相手には、最初から大卒の結婚相手を選ばした方がコストパフォーマンスがいいと分かったのか、家に入ってから高等教育を受けたのは、母だけと言う事ですけど。

 

うちの奥様、いつもの事ですが割りと天然ですw いや、世間一般的には猛烈に天然です。初めてうちの奥様を実家に連れて行き紹介した時に、うちの父の出自と言うか、生まれが旧満州だと言う事も話しました。が、まあご想像のように、全く理解してくれませんでしたww 

奥様のご両親に始めてお会いした時、うちの父の生まれが旧満州だと言う事をお話させて頂いたのですが、返ってきた言葉は「そうですか。大変だったんでしょうね」それだけでした。いや、現代の今の常識的には、その反応の方が多いと言うのも分かっているのですが、結婚とか親族になるとかそう言う事があると、何かと問題になる事も経験しているので、やはり覚悟していると言うか、疑心暗鬼になるといいますか。

その時一緒におりました奥様の妹さん、後に強烈に頭がいいと判明するのですが、この時点ではまだ猫被っておりまして「両親の転勤で外国生まれ、そう言う意味でしか無いのでしょう」と言われまして、それを聞いていた奥様のご両親が「ああ、そう言う事なの?」「へ~」と(汗; いや、結局分かってなかったんかよ・・・ まあいいや。

 

うちの奥様、このブログでは何度も何度も書いておりますので「そんな事を言われなくても知ってる」と思われそうですが「私の実家に遊びに行くのが大好き」でして、行くと祖父母や両親と、色々話をしているようです。いや、祖父母からは「天使のような子」と言われておりまして、それは単に年寄りの話を嫌がらずに、ニコニコしながらずっと聞いてくれるからに他なりません。それどころか、2度3度話した事を聞き返して4度目5度目のリピートまで引き出す、うちの奥様はある種の強者です(汗;

 

ある日、久しぶりに自分の実家に行きますと祖母に呼ばれました。祖母が積極的に私に話しかけてくるのは珍しいのですが、それは仲が悪いとかでは無く、単にいつも犬を側に従えて昼寝しているからと言うだけの理由ですw

そして祖母に言われました「いい子(奥様)見つけたねえ。満州の事話したら、若い時のお前の母さんと同じ事言ってたよ。『満州って無くなっちゃったんですか?アトランテスとおんなじなんですね』って。ほんと、いい子見つけたねえ」と。

祖母はいつくらいからか、アトランティスと言えなくなりアトランテスと言うようになりましたが、今でも忘れる事無く、高校生だった頃の私の母が祖母に言った「アトランティス」が頭から離れず、全く同じ事を言った奥様に、高校生だった頃の母を重ねたようです。

 

私が中国語を勉強しようと思い立った原因の一つにも、父が旧満州生まれと言う事もあります。父が母と最終的に結婚出来たのも、当時はハードルだと思っていた旧満州生まれと言う事が、結果として結婚の後押しになったのかもしれません。もしかしたら、私が奥様を選んだのも、知らないうちに若かった頃の母に似てると言う部分で "血" が選んだのかもしれません。

 

うちの父の「旧満州生まれ」も、なかなか悪くないじゃないか!